スーパーの買い物袋の主に日用品を収めた軽い方を那岐が、そして食料品の詰まった重い方と千尋のお守り役を風早がそれぞれ分担しながら帰途に着いた。
 鶏肉が安いのを見掛けた千尋が今夜は水炊きにしようよと言い、あいまいに笑って「それも良いですね。どうしようか」と嘯いていた男は那岐が予想した通り青物のコーナーに差し掛かるなり「もう筍が出ているんですね。そうだ、水炊きは今度にして野菜炒めにしましょうか」とそれらしい口実を並べて献立を変えた。
 風早はそうと悟られないように振る舞っているが、彼が血なまぐさいものを好まないのを那岐は知っている。理由を追求するほどの好奇心は持ち合わせていなかったし、何より那岐自身も腹に溜まるそれらをさして好ましく思っていなかったので、風早の提案に異論を挟むことはなかった。千尋は最初渋ったけれど、二対一では自分の不利は明白だ。初めはしょんぼりと肩を落とし、しかし年の割に聞き分けの良い子供は「私、作るの手伝うからね」とにこやかな表情で風早を仰ぐ。
「千尋は優しいですね。それなら、食後には蜜豆をつけましょう」
 本当に?嬉しい、と破顔した千尋を、風早もまた穏やかな笑みを湛えて見下ろしていた。前を歩くふたりから三歩遅れて那岐が続く。日曜の午後だった。無意識下で逢魔が時を避けるのだろうか、まだ高い位置にある白日の下を闊歩する人は多く近所の顔見知りとすれ違うたびに愛想を振りまく大人と金髪碧眼の子供、少し離れてしかめっ面をした子供。道行く一般の親子を見るとふと浮かぶ、この三人が果たして仲の良い家族連れに見えるだろうかという積年の疑問を心の中で噛み砕きながら那岐は昼の光のまばゆさに目を伏せた。
 これまで千尋と那岐が通う学校の行事に律儀に参加してきた風早を、若いお父さん、格好良いお兄さんと評されるのにも慣れた。生真面目な千尋はそう指摘される度に従兄弟同士だと訂正して回ったが、実際には血の繋がりなんてない。風早がいくらそ知らぬ振りで通しても、陰で三人の毛色の違いや明らかに似つかない顔立ちを指してあらぬ噂を流す輩は存在するのだ。年を経れば更に顕著になるだろう。
 千尋が風早の空いた手を握る。風早はそれを受け、やわらかく目を眇めて小さな手を握り返した。まったく人の気も知らないで。ため息をつく代わりに那岐が寄り添う二人の影を避けるようにもう一歩ぶん距離を空けても、二人が訝しむ様子はない。
 いつまで家族でいられるだろう。
 新たな疑問とともに浮かび上がる漠然とした予感もまた那岐の中で咀嚼され、喉の奥に押しこめられる。空っぽであるはずの胃が消化不良の意識に満たされて膨れ、吐き気を覚えるほどだ。その場で足を止め深く息を吸い込んだ那岐に、ようやく後ろを振り向いた風早が告げる。
「…この通り千尋が手伝ってくれるそうなので、那岐は食べる方に専念して下さい。最近、食が進まないみたいだから」
 誰のせいだと思っているんだ。



お題配布元:is(http://kratzer.fem.jp/is/)様
いつかさよなら



ブラウザバックでお戻り下さい。