骸にとって人間の価値は外見上の美醜や優劣に左右されない。
 博愛主義者と言うわけではなく、重要視されるのはいかにその器との同調が可能であるかの一点に尽き、それに権力もしくは戦闘に特化した能力が付随していれば申し分ないというだけだ。
 ただ、個人的に生まれ持った嗜好に左右される所があるのもまた否定できない。
 有り体にいえば「好みの」器が手に入ればそれに越したことはない。
 汚れを知らないまっさらな肌に独自の模様を刻み、手ずから選別した色を乗せていく感覚。誰の目にも留まらなかった原石は骸によって掬われ、骸の精神に触れる時を従順に待ち続ける。
 その点、つい最近手に入れた人形と戯れる時間は実りあるものだった。外界から隔てられた空間で限りある自由に縛られる身には、他の人間ではこうはいかない。
 体の隅々までも委ねてみせる可愛い可愛い人形。
 ところが最初に会ってから何度目かの接触を果たした時、彼女の肩甲骨のあたりまであった黒髪がうなじが覗く長さにまでばっさりと切り落とされていた。
 むろんそうするように指示など出していないし、次はあれを弄って遊ぼうかなどと密かな計画を組み立てていただけに、予想だにしなかった変化である。
「髪を切ったんですね」
 ずいぶん涼しくなった首元に手を添えると、クロームは瞳を伏せてこくりと頷いた。
 なめらかな指通りと美しい艶を湛えた漆黒は骸が気に入るものであったため、胸に去来するのは決して愉快な感情ばかりではなかったが。それでも「頂けない」と言いかけた口を噤んだのは、後ろ髪の一部を跳ね上がりたい衝動に任せ、襟足を長く取った独特の髪型が骸と同じものであったからだ。
 それに短い髪は、クロームの顔のつくりの小ささを演出するのに思いのほか役立っていた。
 すくい上げるのが容易な細い顎は、頬に沿って流れる黒に縁取られ、箱庭に満ちた白い光の中で異質に浮かび上がる。
「クフフフ、誰かに真似をされるというのは、なかなか新鮮な心地ですね」
「…ごめんなさい」
「責めているわけではありませんよ。僕は人真似をするばかりで、される側に立つ機会がなかったものですから」
 所謂「おそろい」というやつなのだろうが、悪くはない。
「……骸様と、一緒にしたくて」
 うつむく動作に合わせて揺れる揃いの髪型はさしたる抵抗を誘わず、むしろ骸に追従しようとするその健気な行動が愛らしいとさえ思える。
 髪型と三叉槍。他にも彼女は彼女自身の名前さえも捨て、現在は六道骸のアナグラムを名乗っている。
 ひとりの少女である「凪」は記憶の中に葬られ、仮初めの生を得た彼女は自ら骸の器となることを選択した。
 少女の名は骸のもの。少女の命を繋ぎ留める内臓も、それを収めた体も骸のものだ。
「顔を上げなさい、クローム」
「………」
 あくまでも顔を伏せようとする頑なさを破り、おとがいを軽く持ち上げてやる。不似合いな野暮ったい眼帯と、驚いたように瞬きを繰り返すこぼれ落ちそうなくらい大きな瞳。
 上向いた幼い眼差しが骸だけを見つめていた。
「よく似合っています」
「…骸様」
「僕は、長い髪も好きでしたが」
「……え?」
 聞き返されてもそれには答えず、骸はクロームの髪を梳いてやる。
 彼女は器だ。骸が最も気に入る形を取った人形。こうして骸の傍にあることを自らの意思で選びとり、自らの意思で装いを変え、今も自らの意思で骸の精神に触れる。
 その瞳までもが骸の好む色を帯びて骸を見つめるのに、皮肉なことに、最も支配したいと欲するものに限って思う通りにならない。







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