あいつの何が気に入らないかって、そんなものを数え始めたらきりがない。
 無駄に細っこいから立ち姿なんていかにも頼りなげだし、だいたい持久力ってものがない。
 何かにつけて疲れ易いから長い時間連れ回すことは出来ないし、重い荷物だって持たせられない。これで戦闘となれば仮にも裏社会で一目置かれてる奴らにまともに太刀打ち出来るわけもないから、後ろに庇わなくてはいけない。
 透けるように白い肌は、日中ただ太陽に当たっているだけでも、その内に溶けてしまうのではないだろうかとはらはらさせる。
 口数が極端に少ないから会話はほぼ成立しないし、出しゃばられても腹が立つけど、それをいちいち謝られると余計に腹が立つ。
 常にうつむきがちで眉尻を下げたむかつく女。
 かと思えばあの人の指示には絶対服従で、本来なら一般人のあいつがまず知ることはなかったはずのキナ臭い抗争に足を突っ込む芯の強さがある。
 釈然としない。あの人もあの人で何を考えているのかさっぱりだ。連絡係としての能力はともかく、こんな訳の分からない女を新しい依り代にして、その上で面倒をこっちに任せるなんて。
「それで?」
 馴染みの駄菓子屋の店先でしゃがみこんだまま一息に言いきった犬を、千種は特に何の感慨も含まない目で見下ろす。
「それで?って何だびょん」
「だから、犬はそれで何が言いたいの」
「べっつにー。言いたいことなんて、なーんもないれすよ」
 イチゴにオレンジ、ブドウにメロン。茶褐色の駄菓子が所狭しと並ぶ中で、色とりどりのガムが異彩を放っている。
 その内のイチゴ味を選び手に取った犬は満足げに笑った。パッケージの白と、印刷された苺の毒々しいぐらいの赤とのコントラストが目に鮮やかだ。
 ふとその色味に、肌はこのパッケージにも劣らないほど真っ白いが、滅多に笑みの形を作らない唇はもっと薄くて艶があったなと思い起こす。でも少し前に火蓋が切られたリング争奪戦とかいうやつで吐き出した血はこれと同じくらい赤くて、熱そうで、痛々しかった。
 どれもあの女の色だ。
「言いたいことは無くても、考えてることは有るんじゃない」
「考えてることぉ?」
「たとえばクロームのこととか」
「!!んなっ…なに馬鹿言ってんらよこの眼鏡!眼鏡馬鹿!」
「…顔赤いよ」
 事故で潰れたとかいう内臓と片目。あの人の生み出す幻覚が無ければ、あいつは生きていられないのだそうだ。
 それだけ弱いくせに、人の殺し方も、ましてや戦い方なんて知らないくせに、どうして進んで矢面に立とうとするのか。
 掴んだガムの箱は強く握られすぎて、五本の指の跡がくっきりと付着してしまっている。
「うるせーびょん!だいたいあいつ、いちいちムカつくんだっての。ちょっと骸さんと話せるからって調子こいて、あーんなガリガリなくせにオレらより前に出たがるし。戦ったら戦ったですぐヘバるし。弱いなら弱い奴らしく、黙ってオレらの後ろに引っ込んでりゃ良いんら!それをあいつ…」
「……犬、声が大きい」
 千種がこれ見よがしに片耳を塞ぐ動作を取ると、犬ははっとした表情で口をつぐんだ。
「と、とにかく!骸さんの指示じゃなけりゃ、誰があんな女と…」
 らしくもない歯切れの悪さで呟く犬を横目に、眼鏡のブリッジに手をやりながら千種は溜め息をこぼした。
「分かったよ。で、今日はそれだけで良いの?」
「それ?」
 空いている方の指で示されたのは、犬が握り締めているガムの箱だった。
「買っていくんだろ?麦チョコも」
「…!!!」
 それはただでさえ細身なくせにあまり食べ物をねだってこない彼女が、好んで食べる数少ないものだ。
 折れそうな腕を振るうくせに小食で、弱いくせに瞳だけは強く遠く離れたあの人を見据えていて、そしてこんな具合に、事あるごとに調子を狂わされるところ。
 あいつの何が気に入らないかって、そんなものを数え始めたらきりがない。







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